平成22年度は、ミュンヘン・ゲッティンゲン学派の実践哲学から、個別テーマの研究に従事した。フォン・ヒルデブラントの価値応答、シェーラーにおける共感、インガルデンの責任などの検討を試みた。フォン・ヒルデブラントは、「倫理的行為の概念」(1916)において、価値応答の倫理学を提唱している。そこでは、価値に対して価値意識が応答することのなかに、倫理的行為の源泉が探られている。シェーラーは『同情と本質と諸形式』(第2版1923年)において、他者と関係する共感の感情をさまざまな形で分析している。また、インガルデンは、「責任について」のなかで、同学派に特有の価値論に根ざしながら、責任の意味を探求している。 平成22年度は、これらの研究の現代的意義を明らかにする一環として、現代におけるケアについての哲学的研究との比較を試みようとした(論文「「ケアリング」における自己の問題-労働と職業のはざまで」など)。フォン・ヒルデブラントの「価値応答」は、ケアの倫理にもとりいれられ、シモーヌ・ド・ローチは『アクト・オブ・ケアリング』において、ケアの本質を相手の価値への応答に見いだしている。しかし、ケアにおいては、ケアするものは相手のニーズに応じるのであって、ミュンヘン・ゲッティンゲン学派が年頭においている客観的な価値秩序に応答するわけではない。したがって、このような差異は、価値の実在論を背景にしている同学派の実践哲学の限界を示すものとして興味深い。 また、フッサールとの比較研究の一環として、フッサール倫理学における「理念」「理想」についての研究を行なった(「フッサールにおける「理念」の問題-認識と行為のはざまで-」)。・シェーラーの「共感」やインガルデンの「責任」についての探求の試みは、平成23年度以降にも、具体的な成果としての発表されることになる。
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