研究概要 |
本研究の目的は、カントの『オブス・ポストゥムム』(以下『遺稿』)のうち1800年以降に書かれた草稿群の思想を、いわゆる批判期の思想とめ異同や強調点の違いに留意するとともにカントと同時代の思想家との関係を加味しながら、究明することにある。当年は『遺稿』第7束の主要テーラである「物自体」、「空間と時間」、「自己定立」を中心に研究を遂行した。 具体的な成果としては、まず論文「カント『オプス・ポストゥムム』における同時代の思想家からの影響」がある。『遺稿』では物自体が「思考物(Gedankehding, ensrationis)とされ、現象と物自体が二つの観点から見られた同一の物である点が批判期より一層強調されるが、『純粋理性批判」には物自体を直接、Gedankendingとする用例はなく、物自体と現象の差異を二重の観点とする発想はフィヒテやシェリングには見られない。こうしたことを明らかにしたうえで、『遺稿』における物自体論が当時の思想家に対する反論的応答としての役割を持つことを示した。また、『遺稿』には「空間と時間」を「自発性」や「自己活動性」に関連づける議論が見られるが、これを当該論文ではカントの弟子であるJ. S. ベックとの関係において考察し、その影響の可能性を指摘した。 「自己定立」に関しては、これまでカントとフィヒテの自己定立論の差異を詳しく論じた研究は殆どなされていない. そこで、「第24回日本フィヒテ協会大会」において両者の比較検討に関する口頭発表を行った。それにより、フィヒテの自己定立が「対自」という観点から展開されているのに対して、カントめ場合、悟性的・叡智的自我と感性的・経験的自我という「二重の自我」の概念を堅持しつつ、フィヒテと全く異なった自己定立論を展開していることを明らかにした。
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