研究概要 |
初年度にあたる20年度は, まず作品資料の収集とその整理に努めた。当初の計画ではパリ以外にはディジョン, ブリュッセルへ調査に行く予定であったが, 準備の段階で構想を変更し, 21年度に予定していたトロワ, アンジェを先に調査先に選んだ。図版資料及び文献資料の収集対象とした主な写本は以下の通りである。パリ国立図書館, ms. lat. 9471, ms. lat. 1156A, ms. lat. 1156B, ms. lat. 864, ms. lat. 18026, ars. Ms. 647, トロワ市立図書館, ms. 3713, サント・ジュヌヴィエーヴ図書館, ms. 1278他。研究課題であるフランス写本画の工房様式に着目するきっかけとなった<ロアンの画家>の激しく悲劇的な作品は, 様式の特異性に反して, 同時代の主要作品から数多くのモティーフを引用していることが指摘されている。一方でその後の影響については殆ど言及されていないが, 本年度の調査を通して, 後世の作例に引用されたこの画家の図像・モティーフの重要性が明らかとなった。とりわけ興味深い一例は, 「死者の魂を巡る天使と悪魔の闘い」である。それは同時代の作例によく見られたモティーフであるが, 「最後の審判」と結びつけた図像表現は革新的であり, この図像は後にパリではなくブルターニュやネーデルラントで製作された写本に形を変えて受け継がれている。モティーフの引用自体は先行研究においてすでに幾つか指摘されているが, この問題は単なるモティーフのコピーではなく, 時代を特徴付ける図像表現の形成と展開の考察につなげることができると考えられる。トロワの様式から発展した<ロアンの画家>様式と図像表現のその後を辿ることは, 地方様式の意義を考察する一例として重要であり, この成果は次年度には論文としてまとめて発表する予定である。
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