本研究は、西洋音楽が昭和戦前期までの日本においてどのように演奏され、定着していったのかという受容過程を解明するため、西洋音楽の一ジャンルであるオーケストラ音楽のレパートリー形成の要因を実証的手法により検証するものである。 平成22年度は、1920年代から1930年代における演奏会での曲目選択が、先行する他団体の演奏状況やメディア等の外部要因の影響を受けていたとの仮説検定を行った。サンプルは、明治後期から大正期にかけて全国に設立された複数の学生オーケストラによる昭和戦前期までの演奏会(405サンプル)とし、分析手法には統計的推測の手法の一つである回帰分析(ロジスティック回帰分析)を用いた。曲目選択に影響を与えた外部要因としては、「他団体」要因に東京音楽学校と新交響楽団の演奏履歴を、「メディア」要因に音楽雑誌(7誌)の関連記事件数、国産レコードの発売種類数を採用した。分析の結果、作品が初演されてから定着するまでのレパートリー形成の歴史には作品固有の背景があるものの、全体傾向として、学生オーケストラの曲目選択が音楽雑誌や国産レコードというマスメディアと強い影響関係を持つこと、その影響は1926年と1927年を境に「紙メディア」から「新しいメディア」へと移行したことが検証された。この結果は、当時のアマチュアの西洋音楽愛好家がメディアによって伝達される流行に敏感に反応していたことを示しており、昭和戦前期におけるアマチュアの音楽受容の一傾向を実証的に捉えることができた。 本研究で示した統計的推測や仮説検定という実証的手法は、集団全体の音楽受容の傾向やその構造的側面を解明する一手法として音楽学研究においても一定の有効性をもっと考えられる。今後は、諸メディアが音楽受容に大きな影響を与えた1920年代、30年代に引き続き注目し、メディアにより創出・伝達される情報と受容層の音楽趣味の形成について実証研究を行うことを課題とする。
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