本年度は浅草オペラ団「オペラ座」の検閲台本の分析を通じ、西洋直輸入のオペラと異なる浅草オペラの独自性と特殊性を具体的に論証する作業を集中的に進めた。先ずイタリアオペラの受容として、検閲台本のうちヴェルディ作曲『トラビアータ』、ボーマルシェ作曲『セビリアの理髪師』の検閲分析を行い、学術発表「大正期浅草とイタリア・オペラ-東京オペラ座『椿姫』上演を中心に-」(早稲田大学演劇博物館グローバルCOE演劇・映像の国際的教育研究拠点)を行った。日本の初期のオペラ上演ではイタリアオペラ上演の事例は少なく、これまではその内容も不詳が多かった。本発表ではオペラ座台本にみられる翻訳、脚色、改訂を基に大正期浅草オペラの歌手の技術力と翻訳家の音楽的理解を分析し、初期のイタリアオペラ上演の実際を明らかにした。次に同じくオペラ座検閲台本を基にグノー作曲『ファウスト』『名医スガナレル』『ロメオとジュリエット』の上演分析を行い、学術発表「浅草オペラにみるグランド・オペラ上演の試み-東京オペラ座を中心に-」(日本演劇学会)を行った。従来浅草オペラでは日本人のみのキャストとスタッフの手によるグランド・オペラ上演は1920(大正9)年9月の根岸歌劇団の金龍館公演以降とされてきたが、本発表では1919(大正8)年4月にオペラ座が日本館で上演した『ファウスト』が最初であることを明らかにし、上演に際しては観物場取締規則に則りどのような改変が成されたかを検証した。更に、上記の検閲台本を実際に演じた歌手研究として、オペラ座のテナー歌手外山千里(のち佐々木千里)に焦点をあて、図書『ムーラン・ルージュ新宿座』(森話社)の中で、彼の大正期浅草オペラでの活躍と、後の昭和期に浅草オペラ関係者を動員しながらレヴュー劇場の運営者へと転じる過程や劇団・公演の実態を論じ、日本の大衆芸能史における外山千里の位置づけを行った。
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