本研究は(1)十五年戦争期に、いわゆる「南方」地域を対象に日本政府、軍、外交・文化関係の諸機関によって実施された、文化事業・文化宣伝の実態とそれに関する思想を明らかにすること、(2)それをもとに「日本」「日本文化」「大東亜共栄圏」といった諸観念が文化的アイデンティティとしていかに構築されたか考察することを目的としている。平成21年度は次の研究をおこなった。 (1)作曲家で戦後は音楽教育行政にも尽力した諸井三郎の思想に注目し、「近代の超克」シンポジウム(1942年夏)における彼の発言ならびにシンポジウムの事前に提出した論文、その他、雑誌・新聞等に掲載された諸論考を分析した。その結果をもとに、諸井の「近代」観念およびその超克に関する思想について考察し、論文にまとめた。 (2)元外交官で、1940年代前半に日泰文化会館館長として日本・タイ間の文化関係においてきわめて重要な役割を果たした柳澤健に注目し、彼の諸論考を分析した。その結果をもとに、彼の思想における文化相対主義ならびに「大東亜共栄圏」観念について考察し、論文にまとめた。 (3)1940年代前半の日本の音楽専門雑誌・新聞等に掲載された記事のうち、「国民音楽」について論じたものを対象に、論者が日本の伝統音楽ならびに西洋由来の近代的な音楽をどう扱うべきと論じたか分析した。その結果をもとに、当時の日本音楽界の文化的アイデンティティを考察し、論文にまとめた。本論文は2010年5月開催の国際会議にて発表される予定である。 (4)タイ王国バンコクにて1940年代前半の日タイ文化交流事業に関する文献の所在について調査した。文献目録を用いた今回の簡易調査では、本研究に直接的に関係する文献の所在を明らかにできなかったが、目録化されていない文献で本研究に関係するものが所在する可能性のあることが判明した。この結果を踏まえて、平成22年度に第二次調査を実施する予定である。
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