2009年度は、近代ドイツの彫刻家エルンスト・バルラッハの彫刻作品を念頭におきつつ、近代都市の精神史的本質を「天使」という造形モチーフのもとで考察してきた。具体的な成果としては、まず論文「イリュージョンの美学」がある。ここで、近代都市における芸術表象モチーフが従来とは異なったイリュージョン性格を帯びることを、考察した。それは、近代の天使モチーフに必然的に随伴するイリュージョン性について、より広い裾野から考察するためである。次に、彫刻作品を研究対象とすることから、2009年11月に静岡県立美術館で資料収集と作品調査をおこない、また彫刻家の新関八絋氏(東海大学名誉教授)と新関公子氏(元東京芸術大学教授〉のアトリエにて、ロダンを中心とする西欧近代の彫刻作品とバルラッパ彫刻に関する特別講義に接して、多大な知見を得た。また、これと平行する仕方で、ドイツのヒルデスハイム大学哲学部の美学研究者Elberhard Ortland博士と研究交流をすすめ、ドイツでの研究状況について、最新情報を多く収集することができた。以上の準備を経て、2010年の1月に、ドイツヘ出張し、ハンブルクのBarlach Museumにおいて、実際の作品の調査にあたり、ここでしか入手し得ない貴重な資料を収集し得た。これらの成果をもって、今後の研究を展開するための地盤をほぼ整備し得たと信じる。具体的には、(1)バルラッハの「天使像」をめぐる研究史を押さえ、(2)近代都市が蒙ってきた「戦争」と、それにかかわる「宗教」((特にプロテスタント)の関係を、「イリュージョン性」というアスペクトから考察し、(3)それによって、聖俗をめぐる従来の精神史的な考察に、造形モチーフという角度から、新たな照明を加える。(4)その場合、バルラッハが残した戯曲作品も、新資料として浮上してきたので、これを研究に組み込んでいく。
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