本研究では、以下の3項目についての研究を行った。まず1920年、30年代ドイツにおける芸術表象としての<天使>と近代都市の関係性の考察である。パウル・クレーとエルンスト・バルラハの両作品における<天使>の造形は、美麗なキリスト教の天使像から逸脱し、近代的な造形へと還元される一方で、<都市>という生活世界で苦悩する人間の内面を映す媒体として天使像が選ばれたことを確認した。次にフィリップ・オットー・ルンゲの版画作品『一日の諸時間(Die Zeiten)』を取り上げ、<天使>と<子ども>の関係性について考察を行った。この作品は<時>の循環を、連作という形式で実現し、各作品は中央部分とそれを取り囲む枠の二重構成となっているが、その中央部分に<天使>が唯一登場する「夜」に着目し、ルンゲの意図する「最後の審判」としての『夜』の意義づけと、<天使>と<子ども>の造形的特徴と身振りの分析から、両者の関係性を解釈しようと試みた。この十全な解釈には、本作品に先行する『アモール神の凱旋(Der Triumph des Amor)』における<アモール神(クピド)>と人間の諸段階(幼少期、青年期、壮年期、老年期)を表象する<子ども>の考察が不可欠であり、そしてバロック・ロココ的な愛の神クピドではなく、ギリシア神話に由来する原初神エロスとしての解釈が成立するかということが次の課題になることを確認した。最後に現代社会における<天使>表象を考察した。当初の計画では、現代日本のサブカルチャーにおけるキッチュな<天使>や人造人間としての<天使>を主な対象とする予定であったが、その領域が広範囲にわたることが判明したため、ドイツ文化圏における天使像に限定し、先行する研究との連続性から、ヴェンダースの1987年の映画『天使の詩(Der Himmel uber Berlin)』を対象とした。この作品には、キリスト教の天使や図像から派生した様々な天使を集約した<天使ダミエル>と<天使カシエル>が登場する。有限の時間を生きる<人間>の運命に<天使>が共鳴するというストーリー展開であり、そこには、かつての<天使>に対する人間の憧憬の反転が見られる。これを近代の「倒錯」と見るか、それとも<天使>の本来の姿と見るかについては、結論は保留としたい。
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