本研究は、20世紀アイルランドを中心にマイナー文学としてのアイルランド語文学と、高い評価を得てきたアイルランドの英語文学の相関関係を追及しつつ、アイルランド語文学の立場から英語文学を照射する可能性を探る試みである。アイルランドの歴史や社会の状況と、アイルランド語文学の伝統を踏まえた上で、アイルランドの英語作家たちの作品を新しい角度から読み込むことを目的としている。こういった観点に立ち、本年は日本イェイツ協会のシンポジウム「星から来た一角獣をめぐって」のパネラーの一人として、イェイツの戯曲『何もないところ』と『星から来た一角獣』を検討した。両作品の主人公たちが見るビジョンの内容は、肉体から遊離する魂をめぐる様々な言説の影響を想起させる。聖書、神秘主義思想、及び20世紀初頭に入手可能だったアイルランド語文献の翻訳までを広く視野に収めた上での研究内容の一部を発表した。 平成20年度のもう一つの柱として、現代アイルランド女性詩人ヌーラ・ニゴーノルのアイルランド語の詩篇について、北アイルランドの詩人ポール・マルドゥーンの英訳と比較検討し、その成果をまとめた。アイルランド語の詩が英語に置き換えられていく過程で何が起こるのか、またマルドゥーンの意識や無意識がどのように翻訳に反映されているのかについて綿密な分析を施した。これについては国際アイルランド文学協会日本支部 (IASIL) の年次大会で英語の口頭発表を行った。研究の資料としては、夏のアイルランドとイギリスでの調査と資料収集で入手した論文、文献を精読し、活用した。
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