本研究の目的は、ヴィクトリア朝における多様な出版形態が、当時の作家たちの中心的存在であったアントニー・トロロブの作品にどのような影響を及ぼしたのかを解明することにある。 研究の1年目にあたる本年は、初の連載形式により発表された『フラムリー牧師館』(1861)と、ほぼ同時期に書かれ3巻本として出版された『リッチモンド城』(1860)を取り上げ、両作品の間の隠れた連関を探り、そこに込められたトロロブの意図を考察した。その結果、2つの作品は「困難な救援活動」というキーワードで繋がっており、その背景にはアイルランドを舞台とした小説の不人気に対する当時のトロロブの不満が密接に関係していたことがわかった。そしてトロロブはそうした状況を打破するため、大飢饉のアイルランドを舞台とした『リッチモンド城』に登場するフィッツジェラルド家にイギリスのイメージを、イギリスを舞台とする牧歌的な『フラムリー牧師館』の中で異質な存在のジョサイア・クローリーとその妻にアイルランドのイメージを付与することで、イギリスとアイルランドの境目をできる限り曖昧なものにしようと試みた。さらに、今回の研究のために訪れたオックスフォード大学ボードリアン図書館所蔵の『フラムリー牧師館』の作業日誌の裏面にメモ書きされていた各章のタイトルの一覧表に見られた空白部分や変更箇所などを詳細に検討した結果、トロロブは『フラムリー牧師館』のクローリーが初めて登場する号と、『リッチモンド城』の出版日を意図的に近づけようとしていたことがわかった。これは、異なる出版形態をトロロブがうまく利用したひとつの例と言える。なお、この研究成果は「アイリッシュとしてのクローリー家 : TrollopeのFramley ParsonageとCastle Richmond」(『テクスト研究』、第5号)として論文にまとめた。
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