本研究の目的は、ヴィクトリア朝における多様な出版形態が、当時の作家たちの中心的存在であったアントニー・トロロプの作品にどのような影響を及ぼしたのかを解明することにある。 研究の3年目にあたる本年は、分冊出版や雑誌の連載という形をとらず2巻本で出版された彼の『マッケンジー嬢』(1865)に焦点を当て、ニューヨーク公共図書館所蔵の自筆原稿とオックスフォード大学ボドレアン図書館所蔵の作業日誌を参照しながら、その作品が実際にどのように執筆されたのかを詳細に検証した。 まず、自筆原稿に記入されていた頁数と、作業日誌-そこには各日付とその日の執筆頁が正確に記されている-を照らし合わせることで、トロロプが何月何日にこの作品のどこからどこまでを執筆したのかを明らかにした。その上で、これまでの研究の中で判明したトロロプの執筆の際の習慣-分冊出版や雑誌連載の場合、彼は各号を書き終えると基本的にその日は次の号に進まない-を考慮に入れて作品内容とともに総合的に検討した結果、『マッケンジー嬢』は出版社との当初の契約通りに2巻本で出版されたにもかかわらず、3つの章を1号とした全部で10号からなる連載形式を想定して書かれていたことがわかった。これは、ブロック単位で作品を執筆する連載小説を想定したスタイルが、この時点ですでに彼の中で確立されていたことを示すものと言える。なおこの研究成果は、「連載小説としてのトロロプの『マッケンジー嬢』」として論文にまとめ、論集『英語英米文化の深層』(仮題)(2012年1月出版予定、音羽書房鶴見書店)に投稿した。 この他に、各号がすべて2章立ての構成で雑誌に連載された『ベルトン家の家督』(1866)も研究対象として取り上げた。そして、その直筆原稿が所蔵されているアメリカのハンティントン図書館を訪れて、資料の閲覧と分析を行なった。こちらは今後、論文としてまとめていく予定である。
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