本研究の目的は、中華人民共和国の映画史と伝統演劇の関係性のあり方や変遷を明らかにすることであるが、初年度では、1980年代の中華人民共和国の映画作品及び映画を巡る各種の言説を対象と定め、同時期の映画作品のほか、文献としては映画雑誌(『電影芸術』、『大衆電影』、『当代電影』)を中心に調査を行った。その結果、当該雑誌において、戯曲映画そのものについての論考のほか、映画の「民族化」、また映画芸術の独自性を巡る議論においても伝統演劇への言及が多く見られることが確認できた。また実際の戯曲映画作品を検討した結果、特撮など、映画独自の手法の積極的な使用が目立つようになったことも改めて確認できた(例えば『白蛇伝』、『真仮美猴王』など)。これは改革開放政策の中、現代化を進める中国映画界の中で、戯曲映画が映画ジャンルとしての存続を図る中で、舞台公演との距離をいっそう広げ始めたことを示すものである。ただしその後、戯曲映画への関心は急激に低下していった。こうした現象は、中国映画が世界に門戸を開くことによって、その独自性が失われてゆく過程として注目すべきものであるが、これはまた、その後国際舞台に登場した中国映画作品で頻繁に伝統演劇が取り上げられたこととも関係性をもつものと言える。このような視座を得られたことも今後の研究の展開にとって意義をもつ成果であった。 また以上の研究課題と関連して、日中国際シンポジウムに参加し発表を行い、その中で越劇の演目を映画化した「祥林嫂』をとりあげた。中国と香港合作の『祥林嫂』は、劇映画的要素を大幅に盛り込んだ当時の戯曲映画の代表的例であり、この映画作品を含め、作家魯迅に関する日中の映画作品を取り上げ、魯迅と映画との今日的な関係性について検討したのが本発表の内容であり、それによって伝統演劇と映画の関係を新たな視点から探ることができた。
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