本研究の目的は、中華人民共和国の映画史と伝統演劇の関係性のあり方や変遷を明らかにすることであるが、本年度は、文献調査においては、建国以降の中華人民共和国の映画作品及び映画を巡る各種の言説を対象と定め、映画雑誌(『中国電影』、『電影芸術』、『大衆電影』)を中心に調査を行った。その結果、当該雑誌において、戯曲映画そのものについての議論が比較的多く見られ、映画と舞台芸術という異なる芸術形式をいかに融合させるかという点が当時から強く意識されていたことなどが確認できた。また戯曲映画作品を実際に鑑賞した結果、一部に舞台を比較的忠実に記録した作品もあるものの、多くは劇映画的な演出を加えながら舞台上演とは異なる世界を表現しようとするものであり、更には特撮などが駆使されたものも当時から既に存在していたことも確認できた(例えば『孫悟空三打白骨精』など)。これは文化大革命時期やその後の時期の戯曲映画との連続性を考える上でも興味深いが、特に同時代のリアリズム中心の劇映画との比較の点でも無視できない。劇映画では表現できないような内容を映像化することが戯曲映画には許容されていたことは、建国以降の映画史を再検討する上で有益な視座を与えるものである。こうした理解が得られたことも一つの成果であった。 また以上の研究課題と関連して、越劇の世界を描いた劇映画『舞台の姉妹』について論文を発表した。製作当時の政治や映画界の状況についても触れながら、演劇を題材とした中国映画の系譜と中国の舞台芸術の伝統との関係にも言及し、当作品についての映画史的な再評価を行った本論文は、中国映画史における映画と演劇の関係を新たな視点から探るものでもあった。
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