本研究の主要な目的は、中華人民共和国の映画史と伝統演劇の関係性のあり方や変遷を明らかにすることであった。具体的には 1.中華人民共和国建国以降の戯曲映画の特徴についての分析、整理 2.文化大革命時期の戯曲映画とそれ以前の戯曲映画との比較検討 3.中華人民共和国建国以降、映画と演劇との関係及び戯曲映画についての言説の分析、整理などであった。実施計画に基づき、まず映画と伝統演劇との関連に言及する中華人民共和国の映画雑誌等の文献を調査し、その特徴や変遷の過程を探るとともに、同時代の映画作品を調査し、それらについて総合的な検討を行ったほか、中華人民共和国以外の国や地域の文献及び映画作品との間での比較検討も試みた。その結果、研究成果として 1.中華人民共和国建国前後において、様式そのものとして戯曲映画それ自体に決定的な変化があったとは言えないこと 2.戯曲映画の増加、多様化は明らかに建国以降に生じた現象であるが、その要因としてこれらが政治的な問題を直接指摘されにくいジャンルであった点が挙げられること 3. 1950年代以降の戯曲映画の特徴としては、当時の劇映画では題材として取り上げられることはなかった俗文学を原作とする内容が扱われた点、政治的な動機をもたない恋愛感情を描くことも容認された点、特撮などを駆使して非リアリズム的な演出を積極的に導入していた点などが指摘できること 4.文化大革命時期の戯曲映画は政治至上の特異な時期の産物として位置づけられているが、実際にはそれ以前の映画作品と密接な継承関係をもっていること 5.製作当時、強い批判を浴びた『舞台姐妹』は当時の中華人民共和国では稀なバックステージものの作品であり、そうしたフィルムの性格は、越劇の世界とジャンル映画としての性質が融合することによって生じたものであったことなどを明らかにした。
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