20年度は、14世紀末から15世紀初頭に成立した聖者伝『ペルミのステファン伝』と『ラドネシのセルギイ伝』における双数形の用法の分析を引き続き行った。その結果、双数形の使用が期待されうる文脈における、双数形と複数形の使用分布に関して次のことが明らかになった。(1)ペアをなすものを表す名詞は基本的に双数形が用いられる。(2)数詞2と結合する名詞は双数形が用いられる。(3)修飾語に関しては、被修飾語の数に一致する。(4)述語の数形態は、主語の語彙・統語的要因に依存する。 ただし、1-4の要因ではその使用分布の基準が不明確な動詞形態(アオリスト、分詞)、人称代名詞、名詞родителъに関しては、文単位ではなく、テクスト単位で考慮する必要があることが明らかとなった。すなわち、神に相当する至高の存在が人間に降臨する場面では、人間を描写する際に双数形の使用を避け、複数形を使用するという現象が見られた。こうした現象が17世紀末に成立した聖者伝に色濃く表れていることは研究代表者がすでに明らかにしているところだが、この新しい言語使用規範形成の萌芽が、14世紀末の文献にすでに現れていることを明らかにした点が、本研究の大きな成果と考えられる。 ただし、こうしたテクスト形成・コミュニケーション機能を帯びるようになった古風な言語形態は双数形だけではなく、例えば一部の文献ではアオリストも同様の機能を有していることがこれまでにも研究者によって指摘されている。つまり、双数形がもつ新たな機能は、話し言葉では失われたが、書き言葉において伝承され続ける古風な言語形態に生じる歴史的変化という、大きな枠組みの中での一現象といえる。今後は、さらに多くの文献を分析し、モスクワ・ルーシ時代における双数形の用法の全貌に迫ることで、この時代の書き言葉としてのロシア語の歴史を解明する一助としたい。
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