話し言葉における双数形の消失が最終段階を迎え、最終的な消失に至った14世紀、および消失後の15世紀にロシアで成立したオリジナルの聖者伝における双数形の使用について検討した。昨年度までは著名な文筆家エピファニィ・プレムードルイが15世紀はじめに著した『ラドネシのセルギイ伝』『ペルミのステファン伝』を調査資料としたが、今年度は15世紀中葉にセルビア出身のパホーミイ・ロゴフェートが、エピファニイによる『ラドネシのセルギイ伝』を改変・補足して新たに生まれた諸編集本を調査対象とした。現在パホーミイの編集本としては7種類伝わっているが、今年度は第1、第3、第4編集本、ならびに近年発見されたパホーミイの直筆原稿(第4編集本に近いとされる)に関して、双数形の使用が期待されうる文脈を全て抽出し、双数形および複数形の分布状況を文法・語彙・談話的観点から検討した。その結果、特に以下の点において、エピファニイ筆の『セルギイ伝』と異なることが明らかとなった。 1.1・2人称代名詞は基本的に常に複数形で示される。 2.A〓〓、またはA〓〓で示される主語に対応する述語は常に複数形。 3.3人称代名詞は与格でのみ双数形が使用され、それらは基本的に独立与格構文の意味上の主語として用いられる。 4.文中に主語が示されている場合、照応する述語は常に複数形。また、文中に主語は示されないが、文脈から主語は二人と分かる場合も、照応する述語は複数形。 5.文中に主語が示されず、また文脈からも主語が二人とは判断できず、述語形態からのみ主語の人数が分かる場合、述語が双数形で示される。ただし、死後の奇蹟を描いた箇所では、こうしたケースでも述語は複数形。 以上の結果は、当時のロシア教会スラヴ語において遵守することが必須とされる伝統と、書き手の自由が許容される領域、また教会スラヴ語的要素の用法の可変性を明らかにする上で重要である。
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