本年度の主要な研究成果として、(a)「古代語の動作主標識をめぐって-助詞イと石垣法則-」、(b)「古代日本語の主節の格標示体系-活格性との関わりから-」と題したものがあげられる。 これまでの研究において、動作主標識と捉えられている現象に助詞イと石垣法則(第二則)があるが、助詞イについては、その他の有力な説が存することや、動作主標識としての根拠が十分に示されていないこと等があり、未だ確かな説であるとは言えない。また、石垣法則(第二則)についても、近藤泰弘氏の研究があるのみで、その後の展開がほとんどなく進展が望まれる。こうした状況をふまえ、(a)では、動作主標識と助詞イないし石垣法則との関係について今日的な解釈を行った。結論として、助詞イにおいては、動作主標識としての根拠を与え、石垣法則においては逆に動作主標識として成り立たないことを示した。なお、(a)の論考は、高山善行・福田嘉一郎・青木博史(編)『日本語文法史研究』(ひつじ書房)にて、近く公刊の予定である。 (b)は、「コーパス日本語学ワークショップ」で行った口頭発表である。土左日記、大和物語等を資料とし、主語や目的語として現れた無助詞名詞句の振る舞いについて考察を加えた。結論として、古代日本語の主節では、<動作主>主語と<対象>主語の振る舞いが異なり、<対象>主語はむしろ他動詞文の目的語と同様に振る舞うこと、古代日本語の無助詞名詞句は意味役割によってその振る舞いが決定されていること等が明らかになった。さらには、無助詞目的語とヲ格目的語の統語上の振る舞いの違いにも言及し、こうした無助詞目的語とヲ格目的語の振る舞いの違いが、古代日本語の無助詞名詞句の振る舞いが意味役割により決定されていることの根拠となり得ると述べた。
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