本研究の目的は、現代日本語において、「壁にペンキを塗る/壁をペンキで塗る」のような格体制の交替現象が生じる仕組みを明らかにすることである。昨年度までの研究では、(1)交替のメカニズムを解明するには、動詞の範疇的語義に階層を考えるアプローチが有効であること、(2)このアプローチは従来から知られている「壁塗り代換」だけでなく、他のタイプの交替(「桜の葉に餅をくるむ/餅を桜の葉でくるむ」のような「餅くるみ交替」)の分析にも有効であること、の二点を明らかにした。 本年度(22年度)は、本研究のアプローチの有効性をより明確にすることを目的として、他言語(英語)の現象も含めた分析を行い、以下の結論を得た。 a.日本語の交替動詞の中には、「巻く」や「埋める」のように、壁塗り代換と餅くるみ交替の両方を起こす動詞がある(たとえば「巻く」は「包丁にさらしを巻く/包丁をさらしで巻く」のように壁塗り代換を起こし、さらに、「さらしに包丁を巻く/包丁をさらしで巻く」のように餅くるみ交替も起こす)。一つの交替動詞が壁塗り代換と餅くるみ交替の両方を起こすというのは珍しい振る舞いであるが、その原理は、「塗る」「くるむ」等の他の交替動詞の場合と同様に、本研究のアプローチで説明することができる。 b.英語にも、wrapのように、壁塗り代換や餅くるみ交替に相当する交替の両方を起こす動詞がある。壁塗り代換や餅くるみ交替に相当する交替があるという点だけでなく、両方の交替が可能な動詞が存在するという点でも日英語は共通していることから、本研究のアプローチの基本的な部分は英語の交替現象にも適用できる可能性が高い。 以上の成果を「壁塗り代換と餅くるみ交替の両方が可能な動詞-「巻く」と「埋める」の分析-」という研究論文にまとめ、『文藝と思想』75号(福岡女子大学文学部)に発表した。
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