本年度は海外の学会においてこれまで蓄積した研究成果を発表する一方、前年度にひきつづきヴェトナムのハノイで文献調査を行った。学会発表については、4月にアメリカ合衆国ハワイ州ホノルル市で開催されたAAS会議で英語報告を、11月に台湾清華大学において中国語で招待講演を、また同月にベルギーのヘント大学で行われた国際ワークショップで英語報告を行った。これらの報告の内容は、16世紀の明朝中国と莫朝大越の緊張関係の下でにおける中越間の民間の動態を、主に中国側の上奏文・地方志の記述に基づいて明らかにするものである。これまで政府間関係を中心として研究されてきた中越関係史を民間の動態を視野に入れて再構築することは、国際的にもいまだ研究が十分に進んでいないテーマであるため、いずれの報告においてもおおむね好意的な評価を得た。ハノイにおける調査は、漢喃研究院、国家図書館、社会人文科学大学、極東研究院で、莫朝期の中越関係、および中越国境地帯の地方史やタイ系諸民族に関するヴェトナム側の史料・研究書・論文を収集した。具体的には、日本では入手が難しい莫氏関係の碑文集・研究書・族譜、諒山省土司の族譜、高平省の地方誌などである。16世紀については、ヴェトナム側には碑文を除いてはそれほど豊富な同時代史料が残されているわけではないが、17世紀以降、特に18世紀については、中越間の民間の動態を探るための材料が発掘の余地が残されていることも確認できた。今回収集した文献は、今後の17世紀以降の中越関係に関する研究の基礎になる情報を多く含んでいる。
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