本研究全体の課題は、イコノクラスム論争終結後にビザンツ帝国において進展した教会組織と修道生活の双方にかかわる改革運動の性質を、ビザンツ帝国の記述・考古学資料の分析および同時期の西欧・カトリック世界で進展したいわゆるグレゴリウス改革との比較にもとついて把握することである。 平成21年度の研究目的は、教会聖職者の生活の改革よりも先に追求された修道院の制度的改革を明らかにすることであり、研究そのものは主として二つの方法、すなわち研究課題に関連する文献資料の読解と実地・地誌的調査により遂行された。本年度、考察に大きな比重を置いたのは、修道院改革に帝国内の主要な修道院や著名な修道士が及ぼした影響の範囲である。11世紀に本格化した修道院改革の中心地の一つは、地中海東方、シリア・パレスティナ一帯の修道院にあった。中でも多大な役割を果たしたのは、コンスタンティノープル出身の修道士、黒山のニコンと彼がアンティオキア北部の山岳地帯(黒山)に創始した修道院である。ニコンが弟子の修道士のために執筆・編纂したギリシャ語の書物はやがて彼の修道院以外にも読者を見出し、アラビア語や教会スラヴ語に翻訳された。この修道士ニコンの著述がスラヴ語に翻訳され、ロシア北方域まで伝播した現象の背景および実態については、平成21年11月に北海道大学スラブ研究センターで開催されたシンポジウムにおいて口頭発表を行った(発表原稿は既刊)。一方、ビザンッ帝国の教会・修道院遺跡の実地調査を平成21年12月にトルコ共和国領内のイスタンブール(コンスタンティノープル)、エディルネ(アドリアノープル)、エフェス(エフェソス)において実施した。この調査結果の一部は、コンスタンティノープル総主教アタナシオス1世(在位1289-93年、1303-9年)の教会改革を主題とする、現在執筆中のモノグラフで公表する予定である。
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