本研究全体の課題は、イコノクラスム論争終結後にビザンツ帝国において進展した教会組織と修道生活の双方にかかわる改革運動の性質を、ビザンツ帝国の記述・考古学資料の分析および同時期の西欧・カトリック世界で進展したいわゆるグレゴリウス改革との比較にもとづいて把握することである。 昨年度(平成22年度)の課題は、ビザンツにおける修道院改革の展開を、修道士の移動とコミュニケーションの側面から明らかにすることであった。重点的な考察を試みたのは、コンスタンティノープル市内に位置した二つの著名な修道院、コーラ(今日のカーリエ博物館)およびストゥディオスと、地中海東方の都市アンティオキア(今日のアンタクヤ)の修道院である。ビザンツ中期、とくにイコノクラスム終結後から十字軍時代まで、一定数の修道士がコンスタンティノープルと地中海東方地域を往来したこと、そして、その移動と通信、写本の授受によって修道生活の成文規則(ティピコン)が帝国内の各地の修道院に伝播したことを記述史料にもとづいて確認した。一方、ビザンツの修道士の生活世界についての地誌的研究も記述史料の分析と並行して進め、昨年度はトルコ共和国のイスタンブール、アンカラ(アンキラ)、コンヤ(イコニオン)、アンタクヤを訪問し、それぞれの都市における中世の市域と修道院の位置関係および修道院の遺跡(とくにアンタクヤ付近の聖シメオン修道院跡)を調査した。昨年度の研究成果については、静岡県立大学と東洋大学で別テーマの口頭発表を行い、コンスタンティノープルのコーラ修道院における写本制作を扱った論文を『早稲田大学高等研究所紀要』に発表した。 以上の研究のほか、13世紀以降、ビザンツ・正教スラヴ世界で普及した神秘主義霊性、ヘシカズムについての社会史的考察も開始し、その成果の一部を「聖山アトスの静寂」と題する論文にまとめた。
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