中・近世の関東における都市住民と森林資源との交渉の歴史を明らかにすることを目的とし、東京都内および鎌倉市内の複数の遺跡から出土した木製品・木材の樹種同定および考古学的分析に基づき、木材利用の時期的変遷や身分・階層による差異について検討した。1、東京都内の複数の墓地遺跡から出土した木棺材の樹種を同定した結果、近世の江戸における木材消費には、江戸時代初期から幕末にかけて変化が認められた。すなわち、17世紀前半~18世紀はじめ頃までは、木棺用材は木曽川・天竜川流域をはじめとする天然林からもたらされた移入材を主体とし、木材の大量消費の様相が認められたが、時期が下るにつれて、江戸周辺における植林による木材生産の活発化と流通網の発達によって、江戸近郊を主産地とする人工林・二次林産の樹種が主体的に用いられるようになったと推定された。また、江戸の一般的な都市住民層に用いられた木棺の用材は、将軍家・大名家の墓の用材とは異なっていたことから、当時の身分差・階層差が木棺の用材に反映したと考えた。2、江戸時代初期から近代に至る江戸の町屋の遺構構築材の樹種を同定し、土木・建築用材の変遷と、そこから類推される木材利用の様相を検討した結果、江戸時代初期から幕末・近代にかけて変遷が認められ、それはとくに17世紀中葉~後葉と18世紀中葉~後葉に顕著であった。こうした変遷の背景には、木材の生産・流通の変化や、都市人口の増加、度重なる火災の影響が推定された。3、鎌倉市内の複数の遺跡から出土した漆器の木地に用いられた樹種を同定した結果、中世の鎌倉では、各時期を通じて、おもにケヤキが用いられていたことや、14世紀前半に、木地として優良な材を中心に、選択肢が広がることが明らかになった。本年度はこれらの成果をとりまとめ、関連する複数の学会・研究会において報告した。
|