本研究はアラスカ州南西部、一ユッピック村落における伝統的住居の復元プロジェクトを事例に、伝統文化の今日的利用が村落コミュニティの維持・発展に果たす役割を検証することを目的としている。本年度は調査村落における伝統的住居の利用状況に関する現地調査を行う予定だったが、昨年度の研究から村落レベルにおける伝統文化と公的学校教育の関係をより詳細に検討する必要性が生じた。そこで本年度は、調査村落における公的学校教育の歴史的展開、ならびにこれまで蓄積してきた民族誌的資料を再検討した。さらに国内外におけるユッピック社会に関する民族誌的研究を渉猟することを押し進めた。以上の作業を通した成果は以下の通りである。 (1)ユッピック村落における公的学校教育への伝統文化教育の接合は1980年代以降にはじまるが、それは伝統的知識ないし伝統文化をそのままの形で次世代に継承することだけを目的とするものでないことが明らかとなった。彼らが文化教育を導入することで成し遂げようとしたのは、ユッピック社会における「道徳」や「倫理」といったものを次世代に植え付けることだった。また学校教育に従事する村人には、それらの涵養こそが変化する社会文化状況に柔軟に対応できる人間を育成するという確信が随所に伺えた。 (2)公的学校教育の枠組みでの文化教育活動に限界を感じている住民がいることが明らかになった。これは近年合衆国で進む教育制度改革に端を発するものだった。伝統的住居の復元は、学校に変わる独自の「学び舎」ともいうべき施設を村落社会に打ち立てる試みという側面があることが明らかになった。
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