本研究は、ビルマ(ミャンマー)における呪術とジェンダーの関連に共時的・通時的観点から迫ることを通して、非西洋社会におけるモダニティの受容と展開の様相を明らかにすることを目的としている。ミャンマーの人々が呪術を用いて近代化とグローバル化に対峙する様子を霊媒カルトの事例から明らかにする共時的アプローチと、呪術的実践におけるジェンダー規範の変容とそれが人々の生活に与える影響を歴史的観点から考察する通時的アプローチのうち、本年度は主として共時的アプローチからの調査研究を実施した。 2008年8月に17日間実施した現地調査では、霊媒カルトのメンバーが集結する大規模祭礼の一つヤダナーグーでの祭礼に参加し、儀礼時における霊媒とクライアントの関係についての調査を行った。同時に史料収集として、タウンビョンと呼ばれる別の著名な祭礼地にも足を運び、祭礼に参加した歴代霊媒のリストの入手を試みた。2009年2月の約10日間のヤンゴン調査では、8月に観察できなかった霊媒に成るための成巫儀礼の調査を行ったが、これらの調査を通していくつかの興味深い事実が浮かび上がった。その一つとして、従来の指摘において霊媒は「守護霊」と「結婚式」を挙げることで霊媒となり、両者の関係性は異性愛に基づく婚姻関係を基本とするとされていた。これに対し調査では、儀礼内容に大きな変化はないにもかかわらず、成巫儀礼がもはや「結婚式」とは捉えられていないだけでなく、両者の間の関係性もキョウダイ、親子など夫婦以外の関係性の方が一般化していることが明らかとなった。近年のトランスジェンダー男性霊媒の増加に関する報告はあるものの、これらの報告は今のところなされていない。また、こうした変化は、資本主義やグローバリズムに象徴される急激なモダニティの経験が、ビルマの宗教とジェンダーをめぐる秩序に変化をもたらしていることを示す意味で、貴重かつ重要な事例と考えられる。
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