平成21年度は20年度後半以来のドイツでの在外研究(前半:マックスプランク・欧州法史研究所、後半:ミュンヘン大学法学部)を継続し、clausula salutaris(効用フレーズ)の検討を行った。原告が訴状に付記することで、請求の法的根拠の特定について職権の広範な介入を請求する効用フレーズの起源とその性質の変化を、13世紀から16世紀について解明した。今年度前半は、複数の訴権の可能性がある場合について、15世紀前半までは「より有責性の低い判決」を導くという謙抑的な形で作用するにとどまった効用フレーズが、それ以降は職権が「原告により有利な判決」を出すよう積極的に機能するようになったこと、法的根拠の特定については原告中心の形から、14世紀以降様々な形で徐々に職権の積極的関与が認められるようになっていったことを、理論性の高い史料を用いて明らかにした。原告が一の訴権に法的根拠を特定する「ローマ的原則」から、法的根拠特定が職権に委ねられる「法廷は法を知る」という近代法の原則への移行に際し、効用フレーズは触媒の役割を果たしたのである。以上については研究成果として公表した(ドイツでの公表も来年度には可能の見込み)。今年度後半は、実務性の強い史料を用いて、効用フレーズ、並びにそれと同様の役割を果たしたと考えられる他の複数のフレーズの訴状における用法の具体相を分析した。これらのフレーズは従来考えられていたよりも早く12世紀中にはイタリアのみならずイングランド・フランスなど広い地域で知られていた。また、複数の訴権の可能性がある場合のみならず、法源上訴権が認められていない場合の訴えを可能にするためにも使用されており、近代の一般的な契約自由の原則(「合意は拘束する」)の成立にも関連性を持つことが分かった。以上の内容については、22年度の早い時期に脱稿できる見込みである。
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