研究概要 |
平成20年度は、国内での資料収集、所属学会の大会で専門家との意見交換を行ったほか、イギリスへの調査旅行を二回行った。 一回目の調査旅行(2008年8月24日から9月4日)においては、2001年9月11日に米国で起きた同時多発テロ以降にイギリス政府が制定した一連の対テロ法が市民的自由に与えている影響を調査するために、人権団体の一つである"Liberty"を訪問し, 同団体の職員2名にイギリス社会のムスリム住民(難民、移民を含む)に対する人権侵害、イギリス政府の立法情報に関するインタビュー調査を行った。同時にイギリスの研究機関に在籍する研究者や関連著書・論文を紹介してもらうことができた。また、立法時の国会での議事録やイギリス政府が発行するペーパー等の関連資料を入手するために、大英図書館やLSE(London School of Economics)の図書館に通い、これらの資料や関連図書を探した。 二回目の調査旅行(2009年3月6日から同17日)のなかでは、イギリス社会で浸透しているイスラーム・フォビアの現状、およびイギリス社会のムスリム・コミュニティの多様な主張を調べるために、Islamic Foundationの専任研究員、Islamic Human Rights Commissionの職員、Palestine Solidarity Campaignの職員、Arab Media Watch関係者等に会い、インタビュー調査を行った。また、それらの団体から関連資料を得ることができた。SOAS(School of Oriental and African Studies)で開かれたイギリスのアラブ社会に関する研究セミナーに参加し、関連情報を得た。 これら二回の現地調査によって、イギリスの対テロ法の適用によって逮捕・拘束された住民がムスリムに集中していること、警察官によるStop and Searchの対象も主にはムスリム(男性)になされていること、またムスリム住民、あるいは外見からムスリムのように見える市民が、肉体的暴力や言葉による暴力の被害を受けており、さまざまなケースが報告されていることなどが分かった。また、報告されていないケースも多数あるだけでなく、統計の分析により、ムスリム男性よりもムスリム女性がより多くの被害を受けていることも明らかとなった。イギリス社会のムスリム社会が一様ではなく、実際にはアイデンティティも政治的立場も多様であることが見えてきた点もまた、現地調査における大きな収穫の一つとなった。
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