本年度は、前年度の成果を踏まえてイタリア賃金均等待遇原則(同一労働同一賃金原則)に関する判例・学説の議論の検討をおこった。特に、1989年の憲法裁判所判決およ.び同判決の解釈をめぐる議論、そして現在めイタリアの判例の基本的な立場をした1993年の破毀院連合部判決に焦点をあて、イタリアの議論の特徴を考察した。 その成果は、平成20年度~平成21年度にその一部を公刊し、平成22年度に簡潔をみる予定の早稲田法学連載の論文にて明らかにしている。 その要旨を述べれば、イタリアでは既存の労働条件決定システムとの関係、特に集団的労使関係と個別的労使関係の区別のほかに、裁判官による私的自治と平等原則の調整の可否およびその根拠、労働者間の比較を導入するための理論的基礎の有無、差別禁止と均等待遇原則との違い、信義則による法的権利設定効果の有無などが議論の分岐点であった。その示唆するところは多いが、ここでは2点指摘する。一つは、同一労働同一賃金原則は、人権(差別禁止)的な根拠から生じる原則ではないという点である。これは、人権的な根拠によると既存の私的自治によるシステムを不用意に崩してしまうおそれがあるからである。平等という抽象的な要請ではなく、より具体的な要請がなければこれぞ法原則として認めるのは難しいであろう。もう一つは、これらの議論では既存の賃金決定システムに対する評価が立場の違いになって現れているということである。イタリアの救済否定説からは、イタリアの全国レベルの労働協約を中心とした賃金決定システムを肯定的に評価する態度が多く見受けられた。賃金均等待遇原則を否定することは、この賃金決定システムをより機能させることにつながるという考えがこの立場の背景にあると考えられるが、これまでの日本の議論では、非典型労働者の賃金決定システム自体の評価を明確に意識した議論はされてこなかったのではなかろうか。
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