本研究は、不正競争防止法の2003(平成15)年改正により新設された営業秘密侵害罪(同法21条1項1号ないし6号)の射程と意義を考察し、他の犯罪、特に刑法典上の財産罪との関係を明らかにすることで、刑法による財産的価値を有する情報の保護のあり方を探ることを目的としている。そこで、今年度はまず、営業秘密侵害罪の内容を明らかにすることを試みた。その際、我が国と同様に、不正競争防止法に営業秘密を侵害する罪を置いているドイツでの議論を参照することが我が国の規定の理解にも資すると考え、ドイツ不正競争防止法(UWG)17条以下に関する諸文献に多く触れた。 研究発表欄に掲げた論文「営業秘密侵害罪の保護法益」は、営業秘密侵害罪を解釈するにあたり、その出発点となる同罪の保護法益についての研究をまとめたものである。ある犯罪に関する条文を解釈する際に、保護法益の理解が重要であることは言うまでもないが、「営業秘密」という規範的概念を中心とする同罪の解釈にあたっては、とりわけその意義は大きい。同論文では、「公正な競争秩序」という曖昧な社会的法益による同罪の理解を否定しながらも、同罪が不正競争防止法に置かれたことを重要視し、営業秘密を企業が有する「競争財産」と位置付けることで、同罪を個人的法益に対する罪と捉えることを主張した。この成果を踏まえて、今後、同罪と刑法典上の財産罪との関係をより詳細に検討していく。
|