平成20年度の交付申請書には、本年度は主に下記の二点に関する研究を実施すると記した。(1) 「新しいリベラリズム理解の明確化を行い、その下での人権教育の新たな理論的前提を解明する」、(2) 「日本の学校や社会啓発活動における人権教育の実践を踏まえ、日本の人権教育の基礎にある暗黙裡の基礎的前提を探る」。 (1) については、W・キムリッカやD・ミラーなどの英語圏の理論家の著作を参照しつつ、新しい人権構想はナショナルな文化的資源に留意しそれを活用する必要があること、またナショナルな文化を帯びた人権構想には公正さという観点から一定の制約が課されなければならないことを論じた。このような議論を通じて、人権理論や人権教育の手法を新しく構想する際に求められる事柄について明らかにした。 (2) については、法務省や地方自治体が作成した人権啓発活動の記録やそこで公募された各種の「人権標語」や「人権作文」などを分析し、それらから日本の人権教育・人権啓発活動の基礎にある、日本で優勢な暗黙裡の一般的人権理解の導出を試みた。その結果、日本の人権理解は、英語圏の政治理論でいうところのいわゆる「ケアの倫理」に近い、心情的・情緒的語彙を用いてなされる傾向が強いこと、また、自省・反省の能力の獲得と密接に結びついた特徴的な「成長」(自己実現)の理念との関係で捉えられているといえること、が明らかになった。以上の知見を踏まえ、いくつかの研究成果の公表において、日本の人権教育において適切だと思われる人権の価値の説明手法の骨子を提示することができた。 研究成果については、具体的には日本政治学会や日本法哲学会などの全国学会、および慶應義塾大学のGCOEの国際シンポジウムなどで報告した。またこれらの報告に基づき、雑誌論文や共著図書の一章として発表した。
|