平成21年度は主にアメリカ政府の資料を調査した。具体的には平成21年9月と平成22年2月に、ワシントンDC郊外のアメリカ公文書館(NARA)で資料収集を行った。第一回は主に、アラブ・イスラエル紛争を中心とする中東国際関係を1955年から56年まで扱った資料(Decimal Fileシリーズ)を調査した。第二回は、スエズ危機の主要ファイル(Decimal Fileシリーズ)、アラブ・イスラエル和解に関するアルファ作戦の資料(Lot Fileシリーズ)、および1956年秋に国連でスエズ問題が討議されたときの資料(Lot Fileシリーズ)を調査した。アメリカ政府の認識を分析することにより、従来軽視されてきた英仏間の政策の乖離が明確化できた。 これまでの調査の成果を踏まえ、私は論文発表と研究会での口頭報告を行った。論文は、イギリスが対エジプト戦争を敢行した動機を議論した。従来、イギリスは帝国権益保持に専心したあまり、冷戦上の考慮からアラブ世論を反西側的にしないよう腐心していたアメリカと対立したと議論されてきた。しかしこの論文は、イギリスも冷戦上の考慮から対中東・エジプト政策を遂行しており、イラクなどの親英アラブ諸国による中立選択阻止が目的だったと議論した。「研究の目的」および「研究実施計画」で述べたとおり、私の研究目的は最終的には、イギリス政府の認識を分析することである。本論文は、イギリスのスエズ戦争決定を合理的判断に基づくことを主張するものであり、スエズ戦争を冷戦史一般の広い文脈に位置づけるための一助となると考えている。 口頭報告はスエズ危機自体を扱ったものではなく、フランスの対北アフリカ政策と植民地帝国の変容を扱っている。しかしスエズ戦争の際のフランス政策は主に北アフリカ情勢への考慮に基づいて策定されていたため、このテーマでの研究はスエズ戦争の背景要因を分析する上で不可欠である。
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