平成21年度は、7月にスコットランドで開催されたEighteenth-century Scottish Studies SocietyのHume as a Historianのセッションにおいて'Opinion' in Hume's History of Englandというタイトルで報告をおこなった。この報告は、本研究課題におけるマナーズの分析の一環として、慣習のより内面的な表れとしてのopinion(意見)に注目し、ヒュームの主著『イングランド史』においてopinion概念が果たす役割について論じたものである。ヒュームはこの著作の中で、人々の意見が時代を通じていかに大きく変化するかということを詳しく論じており、それを通じて、スチュアートの王家をエリザベス以上の専制君主とするウイッグ史観を根底から覆そうとしている。これまでも、そうしたヒュームの歴史家としてのスタンスは指摘されていたものの、本報告ではopinionの概念に注目することで、ヒュームがそれ以前に出版した『道徳政治論集』における諸論説と『イングランド史』との間に、多くの連続する議論があることを示すことができた。また、本年度には、Hume Studiesに"The Idea of Chivahy in the Scottish Enlightenment: The Case of David Hume"を発表した(出版年が2007年となっているが、これは当該雑誌の発行がやや遅れているためであり、実際の出版は2009年である)。本論文ではヒュームを中心としたスコットランド啓蒙の思想家たちが、騎士道に対して必ずしも否定的な評価(野蛮な慣行)を下していたわけではなく、むしろマナーズの洗練の源泉とみなしていたことを明らかにしたものである。マナーズ(生活様式)に関する議論はこれまでもヒュームの中心概念としてさまざまに論じられてきたが、必ずしも経済的でも政治的でもない「騎士道」という概念に着目することにより、マナーズ概念がもつ文明論的意義を示すことができた。
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