本研究は昨今のイノベーションによって生み出される財に対する需要の飽和速度が速くなってきているということに注目し、そのことが雇用率および実質賃金率の上昇率に及ぼす効果を分析することを目的としている。昨年度はその効果を純粋労働モデルによって分析した。本年度は垂直的統合の概念を用いることによって資本財が存在する場合でも同じ効果が得られるかを検証した。その結果、資本財をモデルに導入しても純粋労働モデルの場合とまったく同じ効果が雇用率と実質賃金率に見られることが確認された。つまり、需要の飽和速度の速い方が雇用率の成長は速くその最大値も高いが、実質賃金率の上昇率は低くなる。これは計画通りの結果である。同時に、この結果はNAIRUというインフレ率と失業率に関する従来の考え方に対する疑問を含んでいる。なぜなら、NAIRUでは仮定により需要の変動が産出に影響を及ぼさないことになっており、現れるのは構造的要因に発生する失業のみであるが、本研究で仮定したように需要が非相似拡大的であり、部門間生産性格差が存在する場合には、構造的要因から生ずる失業と有効需要の変動から生ずる失業を区別することは不可能だからである。研究計画には無かったが、本研究で開発したモデルによって所得分配(利潤シェア)も分析することができることが分かった。雇用率・実質賃金率の期待値を分析したのと同じ想定して、需要の飽和速度の違いが利潤シェアの期待値に及ぼす影響を分析した。その結果、少なくともシミュレーションの初期段階では、需要の飽和速度が速ければ速いほど利潤シェアの期待値が高くなることが明らかになった。多くの所得分配論があらかじめ完全雇用を仮定するかもしくは供給側だけからしか論じない。それに対して、本研究は所得分配を論じる際に需要側の要因をも考慮している点で、重要な成果だと思われる。なお、以上の結果は現在、国際雑誌に投稿中である。
|