研究概要 |
保険市場を対象に,情報の非対称性による厚生損失を計測する研究を行った.論文は現在,改訂中である.(Kitahara and Saito "Quantifying Welfare Cost of Inefficient Pricing in Insurance Markets : A Simple Mode 1") 情報の経済学の理論によれば,保険市場において保険会社と契約者の間に情報の非対称性がある場合,契約者は逆選択のため十分な保険を購入できず,社会厚生上の損失が発生する可能性がある.本研究の目的は,この社会厚生上の損失がどの程度かを実証的に測ることにある. 平成21年度はおもに,非対称情報がある市場で厚生を評価する手法を検討した.社会厚生を評価する場合,需要曲線の正確な推定が重要な課題になるが,一般に需要曲線を正確に推定するためのデータは得られにくい.そこで本研究では,独占的な状況では需要の価格弾力性を直接推定しなくとも,独占企業の価格付けの経済理論を援用することで需要の価格弾力性を推定することができることに注目し,保険契約者の契約選択データとクレーム率のデータさえあれば,簡単な加減乗除で社会厚生を推定できることを示した. この研究の社会的な意義は次の通り.保険市場にはさまざまな政府介入が存在するが,その主たる根拠は非対称情報などに起因する「市場の失敗」を補完するためである.たとえば健康保険は強制加入だが,それは逆選択により保険に加入できない人々の存在を未然に防ぎ,社会厚生を高めるためだとされる.しかし最近の実証研究の成果によると,このロジックはそれほど自明でない.そもそも逆選択が起きるかどうかはケースバイケースであるし,強制保険は厚生を損なう可能性もある.したがって望ましい政策のためには,まずもって現実のデータをきちんと分析することが必要不可欠である.本研究はこうした政策的インプリケーションを提供する.
|