日本の労働市場の賃金および雇用の調整メカニズムを明らかにするため、本年度は、関連する先行研究のサーベイを行い、これまでに明らかにされてきた点や分析課題を展望する論文を作成した。論文では、90年代に日本の労働市場の雇用と賃金の調整能力が変化した可能性について探るととともに、フィリップス曲線のフラット化の要因を検証し、90年代以降の失業率の上昇の背景について整理した。具体的には、まず、バブル崩壊前の日本でスティープなフィリップス曲線が観察されたことの理由を整理し、賞与や春闘を反映した伸縮的な名目賃金調整、遅い雇用調整、就業意欲喪失効果といった労働市場特性の役割を示した。次に、フィリップス曲線のフラット化をもたらしうる要因を理論的に考察し、名目賃金の下方硬直性の顕現化、労働供給弾性値の上昇、雇用調整費用の増加、就業意欲喪失効果の減退、その他実質硬直性の増加の5つの可能性を挙げた。そのうえで、これらの各要因が90年代の日本の労働市場に実際にどの程度存在したかを検証し、90年代の日本のフィリップス曲線のフラット化に、名目賃金の下方硬直性の顕現化と就業意欲喪失効果の減退が大きく寄与したと考えられることを述べた。最後に、日本の失業率の変化について考察し、90年代以降に失業率の上昇が生じた原因として、名目賃金下方硬直性の顕現化が挙げられること、また、高い失業率が持続した原因としては、雇用の調整速度の遅さと就業意欲喪失効果の減退が指摘できることを述べた。
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