労働供給および労働需要行動に着目しながら、賃金や雇用・労働時間の調整とその決定要因について、(1)家計別インフレ率をもとに算出した実質賃金が家計間でどのように異なるか、(2)不況期に生じやすい不本意型の非正規雇用がどのような要因で生じ、労働者の厚生水準にどのような影響をもたらしているのか、(3)長期不況によって非正規雇用者の就業できる時間帯が早朝・深夜にシフトしたか、といった3つの研究を主に進めた。(1)については、2004年以降の食料・エネルギー価格の上昇は、高所得家計に比べ、低所得家計のインフレ率を相対的に上昇させたが、この間の名目所得の格差は緩やかに縮小傾向にあったため、結果的に実質賃金格差の拡大につながることはなかったこと、また、高インフレ率に直面した家計の翌年以降のインフレ率は必ずしも高いとは限らず、個別家計のインフレ率の持続性は低いことなどがわかった。(2)については、非正規雇用の大多数は自ら選択している本意型であることや、就業形態の選択行動や就業形態間の移行状況をみると不本意型の非正規雇用は失業との類似性が高いこと、不本意型の非正規雇用者のストレスは、他の就業形態よりも大きくなっており、需要側の制約のために効用が低下し、健康被害という形でその影響が顕現化していることなどがわかった。(3)については、1990年代から2000年代にかけて、非正規雇用を中心に、深夜や早朝の時間帯に働く人の割合が趨勢的に増加していることや、その要因として、正規雇用者の平日の労働時間の長時間化による帰宅時間の遅れが深夜の財・サービス需要を喚起し、非正規雇用の深夜就業が増加した可能性が指摘できることなどがわかった。いずれの研究も家計を対象にしたパネルデータの個票データと各種の統計手法を活用した分析にもとづいており、労働者と企業の行動様式や労働市場における諸問題を明らかにし、政策含意に結びつく研究と考えられる。
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