各政府がRich (Skilled)からPoor (Unskilled)への所得再分配を行うインセンティブをもつ2国モデルを構築した。再分配政策を実行するにあたり、各政府は以下の2つの問題に直面している。1つはSamaritan's dilemmaの問題である。Samaritan's dilemmaの問題とは政府からのトランスファーを期待して、Poor( Unskilled)が自らの労働所得を高めるための努力を怠る現象を指す。もう1つはtax competitionの問題である。人々の国の間の移動が自由な場合、一方の政府が他国と比べて手厚い再分配政策を採用すると、税を負担するRich(Skilled)が流出し、トランスファーを受けるPoor (Unskilled)が流入し、手厚い再分配政策の維持が困難となる。税を負担するRich (Skilled)をつなぎとめるために、各政府には税率を低く維持するインセンティブが働く。結果としてすべての国で税率への低下圧力が生じる。これをtax competitionの問題と呼ぶ。経済統合が進み、国の間の移動が自由になるほど、税率への低下圧力は大きくなり、tax competitionの問題は深刻となる。しかし一方で、政府が低い税率を課し、事後的に小規模なトランスファーしかしないことにコミットすることで、Poor(Unskilled)の努力を高め、Samaritan's dilemmaの問題を軽減することができる。つまり、経済統合の進展はtax competitionの深刻化を通じ、住民の厚生を引き下げる効果を持つ反面、Samaritan's dilemmaの軽減を通じ、住民の厚生を引き上げる効果も持つ。本稿では、後者の正の効果が、前者の負の効果を上回るための条件についで理論的に考察を行った。
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