本研究は、戦前の日本と中国がともに競合関係にあった労働集約的産業を事例に、同産業の産地を支えていた制度を比較・分析する。当時、産地・産業集積を支えた制度として、輸出品検査や同業者組織を取り上げ、輸出品検査の導入過程や、それに影響を与えてきた同業者組織、企業間協力のあり方を分析することによって、戦前日本・中国の産地社会の制度・慣行の異同を解明することを目的とし、そこから日本と中国の「労働集約型工業化」のあり方を比較・検討する。 (1)以上の目的のため、日本・中国・台湾において史料を調査・蒐集する。日本では、国立国会図書館、東京大学東洋文化研究所図書館、京都大学人文科学研究所漢字情報研究センター図書館、国立公文書館、横浜開港資料館、およびその他の史料館・図書館で、検査制度・取引所・同業者組織に関する一次・二次資料を蒐集する。 (2)中国では、上海市档案館、上海図書館、第二歴史档案館、国史館(台湾)などで、中国(特に上海)における輸出品検査・同業者組織に関する一次・二次史料を調査・蒐集する。史料としては、その設立に至る決定過程などを具体的に記載した書簡など(档案)、それを報道し分析した新聞・雑誌、当時の書籍などの蒐集を行う。 (3)以上の史料を活用することによって、検査所や同業者組織の動向を分析し、そこから多面的な歴史像を構築する。たとえば上海では生糸検査所の設立が1920年代と遅れ成果も不十分であった一方、横浜の生糸検査所は19世紀末と早く普及も速やかであった。それらの設立過程とその運用実態を分析し、上海と横浜の設立過程が乖離していった要因について分析する。そのためには、生糸などの生産・国内流通まで分析対象に含め、同業者組織や生産者・国内商・外国商などの各経済主体に関する史料の蒐集・分析も行う。 (4)産地を制度化した重要な制度として同業者組織(日本では同業組合・工業組合、中国では同業公会)が挙げられる。同業者組織は、企業という「私」的主体が、産地の秩序という「公」的領域を生み出すプロセスを映し出す制度である。日本の場合、同業組合・工業組合・輸出組合の規約や業界誌の記事(『工業組合』・『輸出組合』など)、中国の場合は公会の章程や業規、議事録などを蒐集・分析し、さらに戦前の中国研究者が収集した史料などに調査範囲を広げる。最終的に、「私」的主体である企業、「公」的存在である産地内諸制度との関係について産業横断的にまとめることによって、日本と中国の工業化のあり方を比較して結論とする。
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