(研究内容)平成22年度は、グラモーガン公文書館所蔵のダウライス製鉄会社受領書間綴りのうち、ウェールズと首都ロンドンを結ぶ幹線鉄道会社グレート・ウェスタン鉄道会社が1880年代から1890年代にかけて発信した書簡を分析した。以下は論文にまとめた1880年代分について記し、1890年代分については平成23年度中に論文として発表する。 (研究成果の意義)グレート・ウェスタン鉄道会社の書簡から、1、1880年代にダウライス製鉄会社からの製品搬出などの輸送の編成が「標準化」され、列車編成、石炭の発注、運賃清算が定型化された帳票類で実現する体制に転換したこと、2、しかし、遅配が多く、これが1880年代の当該路線の輸送能力の限界とともに製鉄会社の生産・出荷能力の限界を示すものであること、3、また、しばしば誤配も生じ、こちらは大量生産化されても規格化されてはいないという1880年代の鋼鉄生産の特徴を反映した物流面の情報管理の限界を示すものであること、を明らかにした。 (研究成果の重要性)1880年代、そして南ウェールズに限らず、これまでの英国史研究においては大量流通の仕組みの形成は等閑視され、製鉄業についても生産点における技術革新・伝播と大量生産の普及にのみ関心が集中し、あたかも大量生産された製品が自動的に流通して需要に応えたかのような印象を与えていた。この研究は、貨物輸送の実態の一端を明らかにするとともに、鋼鉄の大量生産が実現する過程において鉄道輸送が果たした役割を明らかにした。また、大量生産されるが規格化されない鋼鉄という資本財の特質が「標準化」された新たな輸送体系とどのような齟齬を来たしたのかを示し、大量輸送経済への移行が19世紀末の時点では必すしも順調なものではなかったことを明らかにした。
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