前年度の調査を受けて、引き続き患者(Sさん)とのインタヴューや、Sさんが参加したセルフヘルプ・グループの集会やSさん自宅での私的な集まりなどへも参加し、データを蓄積した。その結果、個人の自己物語の一貫性と変化に関するきわめて詳細なデータを得ることができた。 Sさんは、結局、気管切開をともなう人工呼吸器装着を選択せず、先の3月26日に逝去した。今後は、蓄積したデータの分析、および追加調査(Sさんの周囲の人々、すなわち家族、セルフヘルプ・グループの仲間たち、などへの聞き取り調査)の段階へと進むことになる。現段階での分析として、2006年12月のALS専門医との診察室でのやりとりを記録したデータを、生への支援としてのナラティヴ実践として分析し、成果発表への準備を行っている。しかし、Sさんの自己物語が、専門医とのやりとりを受けて、どのような形態上の特徴を帯びるようになるのか、またそれがどのように変化するのか、という部分については、今後の分析作業に残されている。 現段階での分析においても、専門医のはたらきかけ、ピア(同じ病気を持つ者たち)やその他の支援者からのかかわりが、あくまでもSさんが(長く)生きることに向けられたものであるとして読み解けることは確かであり、今後の膨大なデータを分析するにあたっての基本的指針は用意されているといってよい。ただし、Sさんの自己物語形成プロセスは、そうした支援を受け止めて、ある部分では自己物語をポジティヴな形で紡ぎ、自分自身をふるいたたせようとしていた反面、最終的には人工呼吸器装着を断念して自らの人生を幕引きをはかった、という二面性を持っているように思われる。この部分に細心の注意を払いながら、データ分析および成果発表に向けた準備を行うことが、次の作業課題となる。
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