本年度の研究実施計画に則り、成果発表に関する準備を行なった。成果発表の形態としては、(1)エスノグラフィーを書籍として出版する、(2)「(2)研究目的」で述べた各テーマに切り分けたうえでの学術雑誌への論文投稿、の2種類を計画していたが、(1)については、順調に原稿が準備されつつあり、(2)については1点刊行した。また、(1)について、主たる調査協力者であるSさんが既に亡くなったため、ご遺族など関係者との打ち合わせに慎重な打ち合わせを行なっており、少なくとも現時点で出版に向けた問題は発生していない。 本研究の内容的な成果としては、ALS患者による自己物語形成のプロセス、とりわけそこでの他者のはたらきが明らかになった。 医師によるはたらきかけを「生存への呼びかけ」ととらえることの意義は、ALS医療がいまだ十分に広まっていないところで、そのようなはたらきかけが不足している危険がある、という点に存する。そこでは、患者は誰にもどのような声もかけられず、ただ不安の中で病状の進行をたどることになる。それに対して、ひとまずは「生存への呼びかけ」を行なったうえで、患者の選択のプロセスに伴奏し、現在も大いに残る生き難さを(社会的な資源の不足の実態も、社会的な資源にアクセスしきれない患者の実情も含めて)調査研究を積み重ねていくべきだろう。 また、本研究からは、ピア同士の交流が患者の自己物語形成に資する可能性も明らかになった。従来のピア・サポートでは、患者の自己物語に資するという点でのピア・サポートの重要性が十分にとらえられていないために、その評価も個々の印象に基づいた漠然としたものになりやすかった。自己物語形成という視点を据えることで、具体的にどのようにしてピア・サポートが機能しているのかを明示しやすくなるのではないかと考えられる。
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