成果主義人事・賃金制度の限界を乗り越えるものとして、現在、日本の大企業が注目している新たな方向性として、職務・役割等の「仕事」を基準にした人事・賃金制度の構築が挙げられる。いわゆる「仕事基準賃金」を採用することで、日本企業の競争力確保、総額人件費の削減、男女間賃金格差の是正といった多様な効果が期待されているのだ。だが、「仕事基準賃金」が、これらの期待に本当に応えられるか、評価はいまだ定まっていない。そこで、本研究では、1950~1960年代の横断賃率論争から現在の「仕事基準賃金」論争に至る理論的側面に加えて、職務ベース賃金を1960年代から採用している外資系企業日本法人の事例研究から、「仕事基準賃金」の意義と限界を検討した。 今回の研究で、次の点が明らかになった。第一に、これまでの議論の整理によって、「仕事基準賃金」の導入のみで、必ずしも上記の期待に応えられるとは限らないということが示された。むしろ、仕事の割当て方、作業量・ノルマの設定のあり様、査定のあり方といった「働き方」「働かせ方」全体を問い直す作業抜きの議論は、格差を固定あるいは拡大に繋がる可能性も孕んでいる。もしも「仕事基準賃金」が格差の固定・拡大という方向に向かえば、多くの労働者のモチベーション低下、およびそれに伴う企業の生産性の低下が懸念されよう。第二に、事例研究から、「仕事基準賃金」を導入しさえすれば公平性が担保されるわけではないことが明らかになった。制度設計や職務分析・職務評価の有無といった外形に注目するだけなく、制度の運用や制度の公開の度合い等も注視することが求められる。なにより、適用者からみた納得性が那辺にあるかを見定めながら、労使双方の主張をすり合わせて人事・賃金制度を設計・運用していくプロセスこそが重要であると考えられる。
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