本研究の目的は、母親の「母性愛」という社会通念を信じ込む傾向すなわち「母性愛」信奉傾向が、現実の養育場面においてどのように作用するのか検証することである。そのために、アンケートによる大規模な調査(研究I)で子育て中の母親における全体的な傾向を明らかにすることと、インタビューによる詳細な検討(研究II)で母親個人の特徴や様相を審らかにすることを計画していた。 平成22年度は、研究Iについてデータの収集および分析を終了した。現在はその結果を論文にまとめ、学会誌に投稿中である。研究の結論として、母親の「母性愛」信奉傾向はパートナーである父親の「母性愛」信奉傾向との交互作用により、母親が認知する夫婦関係満足度ならびに母親の養育態度(応答性と統制)に影響を与えるということがわかった。具体的には、父親の「母性愛」信奉傾向が高く、母親の「母性愛」信奉傾向が低い場合、母親の夫婦関係満足度が低く、応答性も低かった。一方で、父親の認知する夫婦関係満足度ならびに母親の養育態度(応答性と統制)には交互作用効果は見られなかった。本研究により、母親における自身の「母性愛」信奉の影響のみならず、父親の「母性愛」信奉傾向の影響も明らかにされた。なお、この結果は研究IIにおける事例検討とも一致する。パートナーである父親の養育信念が、夫婦関係ならびに母親の育児においても継続的に影響を与えており、それはとくに初産の母親の場合に顕著である可能性が示唆された。また、はじめての子育てでもたらされるネガティヴな感情が、ある場合には適応的な意味を持つということもこれらの事例検討から見出され、その結果の一部を日本心理学会第74回大会のワークショップにて口頭発表した。
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