本研究は、北アメリカの成人教育研究者パトリシア・クラントンによる、成人教育者の能力開発論の到達点と課題の検証を試みるものである。彼女の能力開発論は、実践の批判的な省察に基づいている。日本の社会教育・生涯学習の実践にかかわる人びとの、力量形成のあり方に影響を与えている。 初年度である平成20年度は、クラントンの能力開発論の独自性を描き出すために、比較対象としてスティーブン・ブルックフィールドの能力開発論に着目した。クラントンは、彼に依拠して能力開発論を展開している面があるためである。今年度、ブルックフィールドの能力開発論について調査したことは、つぎの三つである。1)著作・論文の収集と検討、2)ブルックフィールドへのインタビュー、3)ブルックフィールドがかかわる、ナショナル・ルイス大学の成人・継続教育ドクタープログラム調査。その結果、以下の三つを明らかにすることができた。 (1) ブルックフィールドの実践の哲学(a. 成人教育は教育者と学習者の共同であり交渉である。b. 成人教育者は、学習者がどのように学んでいるかをつねに調べ、わかったことに応じて調整すべきであるし、柔軟であるべきである。c. 成人教育の目的は批判的思考を発達させることである)。 (2) 実践の省察のキー概念「批判的なふり返り」を、民主主義社会の創造につながるものととらえている。 (3) (1)および(2)を反映した大学院のプログラムで成人教育者の能力開発に取り組んでいる。 実践の哲学の重要性、「批判的思考をしながら教育を通してどのような世界をつくりたいかを考える」という大学院での学習は、日本の社会教育・生涯学習の実践にかかわる人びとにとって示唆に富むものである。 なお、今回の研究成果は、論文化を進めており、平成21年度内には完成させる予定である。
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