本研究は、国内の国際化、多文化化、価値の多様化の進展に伴う規範意識の変化、特に年少者の公共意識の希薄化、「いじめ」といった、現代の極めて重要かつ急を要する教育課題に応えるために、近年注目されている「市民性教育/citizenship education」の理論と実践を、社会意識や他者尊重の意識の基盤としてにわかに注目されている「自尊感情(self-esteem)」という観点から考察することによって、「日本型市民性教育」を検討しようとするものである。申請者は、自尊感情という概念を心理学研究の知見から整理し、社会的コンテクスト(発達段階、生徒同士・生徒と教師などの関係性、背景となる価値)でとらえることで、「共生のための教育」がめざすべき自尊感情のあり方とその形成プロセスについて研究を行なってきた。これらの研究成果を踏まえ、当該年度は英国における学校現場での実践、特に自尊感情に直接アプローチしながら個人のアデンティティや社会的スキルの発達をめざすPersonal Social and Health Education(PSHE)、および、地域コミュニティ、国、世界といった次元での公共性や社会参加の実践スキル、政治的リテラシーを学び、民主主義社会の維持、発展をめざす市民性教育(Citizenship Education)の二つの連動に着目し、これらの教育に関わる文献の研究レビューを行なうことで、近年の英国が「私」と「公」の両者のバランスをとりつつ、「多様性と民主主義的価値観を尊重するよき市民」の育成にどのような経緯を経て向き合い、自尊感情やアイデンティティ、子どもの社会的スキル、公共性、学力、民主主義的価値観にまつわる課題を、学校カリキュラムを通してどのように克服しようとしているのかについて検討した。
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