ユニバーサルアクセス段階への移行期に到達したわが国の高等教育システムでは、これまでシステムの制度的態様を暗黙裡に枠づけてきた「学位制度」もまた転換期を迎えている。とくに(1)ユニバーサル化により質が多様化(低下)した学士課程教育の意義をどう再構築するか、(2)伝統的な専門職以外の職業を志向する新たな専門分野における学位をどう扱うかの2点が政策的論点となっている。本研究は、わが国より早くユニバーサル段階を迎えた米国において登場した新しいタイプの学士学位"apphed bachelor"(応用科学学士)の生成プロセスとその後の展開状況を取り上げ、わが国の学位制度が検討すべき課題と改革の方向性を明らかにすることを目的とする。 平成21年度には、"applied bachelor"課程の主要な供給源であるコミュニティーカレッジ関係者らが構成する団体(コミュニティカレッジ学士学位協会)に対する訪問調査を実施し、(1)各州(あるいは地域)において当該課程の導入が要請された要因や条件(地域の労働力需要、保健医療職従事者等の特定の専門的職業人材の不足、高等教育に対する費用負担の問題など)、(2)州による当該課程の設置認可のプロセス(ミシガン州の事例)、(3)入学者の社会的属性や"applied bachelor"取得後の経済的便益の特徴(伝統的な四年制大学との比較、フロリダ州の事例)、(4)実際に展開されているプログラムの教育内容・教授方法・学修プロセス面での工夫など、具体的・先進的な事例やデータの収集を行った。 米国では2000年以降、成人に対する高等教育機会の提供の必要性に迫られ、多数の州において"applied bachelor"の導入が進んでいる一方、伝統的な大学教育観との間に葛藤が存在しているのが現状であり、機会の拡大と質の維持の問には依然として解決困難な課題がある。若年層の進学者の拡大によりユニバーサル化段階を迎えつつあるわが国との社会的文脈の違いも踏まえて、日本への適用可能性等についてさらに検討を進める必要がある。
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