高等教育に特化した手話通訳の技術に関して検討を行うため、N大学における授業場面(テーマ「近代的人間観と優生学、優生思想」/約90分)を素材として9名の通訳者に手話通訳を行ってもらい、これを元に大学講義を手話に変換する際に伝達すべき情報と、この際に求められる技術要素について分析を行った。加えて、現在高等教育機関において広く用いられている文字通訳についても、同様に5組の通訳状況を分析し、文字通訳によって伝えられている情報の内容を検討することで、手話通訳に対する技術ニーズとの違いについて比較的に明らかにすることができた。 これらの結果、手話通訳については(1)目標言語の流暢性、(2)日本語から手話への変換、(3)訳出される手話表現の3つの技術的ニーズがあることが明らかとなった。このうち(1)では、目標言語である手話のリズムや強弱等を同時通訳中に適切に行う技術が4点挙げられた。(2)では2つのレベルでの変換に区分され、このうち語句レベルの場合、用語の概念をおさえたり事実だけでなく話者の判断や態度も把握する技術が2点挙げられた。一方、文・文章レベルの場合、起点談話における談話構造や論理展開を精密に把握する技術が6点挙げられた。(3)は9点挙げられ、日本手話の文法や副詞的非手指動作も用いる技術が多かった。 また、(1)文章構造・接続関係に関わる情報や(2)モダリティ・ニュアンスに関わる情報が欠落しやすいことが明らかとなり、この点については文字通訳でも同様の傾向が見られた。
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