本研究の目的は、多変数保型形式の空間上のヘッケ作用素の跡について計算可能な明示的公式を与えることで、多変数保型形式の空間の構造と保型L関数の性質を研究することであった。我々は特に2次のジーゲルカスプ形式の空間上のヘッケ作用素に対する明示的跡公式を研究している。今年度はパラモジュラー群のAtkin-Lehner involutionと呼ばれるヘッケ作用素の跡に関する計算を主に遂行した。このヘッケ作用素はジーゲル保型形式の空間の分解や局所的な分岐表現の分類と関係しているため、その跡の値が分かることは非常に興味深い。その跡の計算においてに、清水L関数(実2次体に関連した、ある実指標についてのヘッケL関数)の特殊値が現れる。この計算における問題点は、ヘッケ作用素の離散集合としての構造から、現れる清水L関数を具体的に定めることである。今年度の成果として、ある程度は清水L関数を具体的に定めることができ、実際に寄与の具体的な値を求めることができた。この清水L関数の特殊値はヒルベルトモジュラー多様体の幾何的な不変量であるSignature defectと一致することで知られている(このことはHirzebruch予想と呼ばれ、Atiyah-Donnelly-SingerとMuellerによって、独立に解決された)。この予想に関係した形で、ヒルベルトカスプ形式の次元公式の寄与に清水L関数の特殊値が現れることは良く知られている。今回の場合も清水L関数の特殊値の寄与が幾何学的な意味を持つ可能性があり、その寄与の具体的な値が分かることは面白いと思う。
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