研究概要 |
今年度の成果は以下の2つである. 1.開区間上の極小マルコフ過程の境界問題,すなわち閉区間上の標準過程への拡張問題を考察し,周遊理論を用いてその生成作用素を決定した.拡張過程はFellerの境界条件によって記述され,境界からの跳入を許す.この過程はHutzenthaler and Taylor(2010)などにより集団遺伝学への応用も論じられる重要な過程である.境界が正則な場合は,反射壁過程が対応し,境界での局所時間による時間変更によって拡張過程が構成できる.一方,境界が流出の場合は反射壁過程が対応せず,時間変更による方法は破綻するため,周遊理論が効力を発揮する.半直線の場合は伊藤(1969)がおおむね解決し,Rogers(1984)が補完した.本研究では区間,すなわち境界が2点ある場合を完全に解決した.この成果は論文に纏め,学術雑誌に投稿中である. 2.力学系にノイズを加えるとカオス的性質が変化するノイズ誘起現象について,マルコフ過程論の観点から研究を始めた.素朴な問題意識として,カオス的な区間写像の反復力学系が粗視化で生ずるノイズの影響をどの程度受けるかという問題を考察した.その結果,区分線形でルベーグ測度を一意不変測度とするカオス写像に対し,粗視化ノイズにより導かれる有限状態マルコフ連鎖のエントロピーは,ノイズゼロ極限において収束することを示した.さらにその極限は,一般に写像のリャプノフ指数より真に大きく,その差は写像の傾きから定まるワイル変換の平均で与えられることを示した.粗視化でなく加法的ノイズの場合は,導かれるマルコフ連鎖のエントロピーは写像のリャプノフ指数に収束するという確率安定性が知られており(Araujo and Tahzibi(2005)),本研究の結果は以外な結論であった.この成果は,学術雑誌への投稿に向けて論文を準備中である.
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