本研究課題は、スピントロニクスの舞台となるサブミクロン領域の強磁性体において、磁壁の電流駆動に関し試料中の様々な乱れに起因する現象を、理論的に解明することを目的としている。 最近、形状を人為的に変調させた非一様な磁性金属細線にパルス電流を印加した場合、一様細線の場合とは逆方向に動く磁壁の報告がなされた。印加電流のパルス幅が数ナノ秒であることから、熱的な揺らぎめ効果は小さく、通常のスピン角運動量移行のみでは説明がつかない現象である。そこで平成20年度はく強磁性金属系における磁性細線形状の変調(乱れ)が電流誘起磁壁運動に与える影響を詳しく調べた。 磁壁のエネルギーが磁性細線の断面幅に依存するため、空間的に非一様な細線中では、磁壁はそのエネルギー勾配に応じた圧力の作用を受ける。この効果を位置に依存した有効磁場として取り扱う手法を提案した。この形状効果を磁壁の集団座標の方法に取り込んだ一次元モデル、及び二次元モデルを開発し、シミュレーションを行った。その結果、磁壁が電子の流れと同方向のみならず、逆方向に進むもの、また位置を変えない電流密度領域があることを明らかにした。さらに磁壁を動かす最小電流密度である、閾電流密度近傍では、磁壁の位置が電流密度の値に対して敏感に変化することも見出した。これらの振る舞いは、反磁界と形状効果の両者の非線形性の競合がもたらす現象であり、最近の観測結果とも一致する。 今回開発したモデルは、細線断面積や電流パルスなどのパラメータが異なる状況を定量的に説明でき、通常用いられるマイクロマグネティクスのような大規模な計算資源を必要としないため、実験結果を整理するうえで非常に有効である。なお、本研究を協同で行った大学院生の杉下裕樹氏は、修士論文「非一様細線における電流誘起磁壁移動の理論」において、東北大学理学研究科物理学専攻賞を受賞した。
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