ピロリ菌など多くのバクテリアは粘弾性媒質中を運動するが、その流体力学的なメカニズムについては未解明の部分が多い。そこで、粘弾性流体中で自発的に運動するフィラメントがどのような推進力を生み出し重心の運動を引き起こすか、という問題を理論的に調べることが本プロジェクトの目的であった。 ある種の線状のバクテリアは粘弾性媒質中でたいへん素早く運動する。これは、絡み合った高分子の緩いネットワーク中に閉じ込められた線状の物体は、それ自身の長軸方向には動きやすいが、垂直な方向の運動は著しく制約される、つまり実効的に流体からうける抵抗が極端に異方的になることによって実現する。まず現象論的なアプローチで粘弾性流体の異方的摩擦をモデル化し、そこから期待されるバクテリアの運動速度を予測した。するとこの計算結果は過去に得られた観測データをたいへんよく説明することがわかった。具体的な成果として、研究対象としたスパイロプラズマの運動について、様々なパラメータについて網羅的にその運動の様子を調べ、それらを本年度に論文として出版した。 さらにより一般的に、高分子溶液の流動ダイナミクスを記述するモデルとして広く知られている二流体モデルを用い、境界にアクティブな変形が加えられたとき、どれだけの流体の輸送があるか、あるいは変形する物体がどれだけの推進力を生み出しうるかという問題を摂動計算によって明らかにした。この分野の問題は近年の生物物理やアクティブマターにおいて盛んになりつっあるが、二流体モデルを用いた解析は世界に先駆けて行った。その結果、粘弾性流体の能動輸送のふるまいは媒質のメソスケールの構造に著しく影響を受けることがわかった。このことは、これまで行われてたきたように媒質を空間的に均一な粘弾性体として扱うことは不十分であり、動的な不均一構造を考慮する二流体モデルによる扱いが必要であることを示している。この結果は現在、投稿中である。
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